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をもってとは?/ レイク

[ 732] スラッシュドット・ジャパン | freemail、来年1月をもってメールサービス終了
[引用サイト]  http://slashdot.jp/articles/06/10/27/0740221.shtml

STRing曰く、"ソフトバンクテレコム株式会社は 2007年1月31日をもって無料メールサービス「freemail」を終了 することを発表しました。送受信メールに広告が付かず、 POP/SMTP 経由で MUA から利用でき、メールアドレスも長いながら判りやすいと過去の同時期のサービスに比べると利点が多かった本サービスですが、アカウント宛に届くダイレクトメールに掲載された広告からの収益でサービスを提供するはずが弾いているわけでもないのに全く来なかったりとなかなか不思議な状態でした。最近では新規募集も終了しており、いつサービス終了するかと危ぶんでいた人も多いのではないでしょうか?
gmail などアグレッシブなサービスの出現で移行した方も多いと思いますが、終末の日までに身支度を調えることをおすすめします。"
但し書き: コメントはそれぞれ投稿した人のものです。決してわたしたちが責任を負うものではありません。
オフィシャルなDMすらほとんど来ないという商売する気あるのかと思うぐらい、利用者にはいいサービスでこれをきっかけに平成電電の事も知った訳ですが…長らく使っていた分、メールアドレス変更するのには、十分な時間を与えられている分、マシですけど、サービスを丸ごと終わらせるよりは、このメアドを転送するだけのサービスに徹して、広告収入で稼げばと思うんだけど…だた、同様に無料で使えたFREECOMもFREEMAIL同様サービス終了 [freecom.ne.jp]ですか。こっちの方が先かと思ってたのに…ただ、日本テレコムに譲渡されたと通知があった時には、平成電電と裁判沙汰起こしたソフトバンクに結果的にはねぇ…と、ちょいと内部事情知る事のできた立場だったので、しみじみ思います。まぁ、平成電電があんな事になって、事業継続させるのはどうするのと思ってたけど、譲渡先がよりによって、日本テレコム(今月からソフトバンクテレコム)って時点で、悪寒はしました。これをきっかけに、メーラーもAL-Mailから他の奴に移行しようかな。GMailに対応できないんじゃ、どうしようもないし。#SSL対応する気配が無いしなぁ…
サービス終了のメールを昨日の夜に受け取ってから,変更手続きをしたけど,本当に誇張抜きで死ぬほど面倒ですよ。あなたがどの程度ネットのサービスを利用していたか分かりませんが,ML,MM,通販なども含めたIDの必要なサイトの登録情報……とにかく大変です。4時間くらいかかりました。
ついでだからとそれぞれのサイトのパスワード変更までしたのも大変だった理由ですが,こんなことでもないとパスワード変更なんてしないのでいいきっかけにはなりました。
あと,メールアドレス変更手続きにも使い勝手の良いものと悪いものがあって,それらのユーザビリティのレビューをしているような気分になりました。
以下はオフトピです。上から順によかったもの。ネット探せば似たような感想がたくさん転がってるとは思いますが。
変更確認があるもの。変更後のアドレスに送られたメールのURLをクリックして変更手続きを完了させてくださいって奴。たくさんあるとこれさえもめんどくさい。
MM登録するだけなのに個人情報を要求する奴。また,かつては個人情報を収集してなかったけど,あとから収集するようになり,アドレス変更時にも個人情報要求する奴などは最悪。なんでMM読むのに住所まで教えないと以下略

 

[ 733] 猫を償うに猫をもってせよ
[引用サイト]  http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/

黒岩比佐子さんが佐々木邦『いたづら小僧日記』の原作について云々されているのに気づいた。実はこれについては私は『比較文学研究』(2004年10月)に「研究余滴」として書いていたのだ。なかなか単行本に入れる機会がないので、以下その部分だけ抜粋する。
『いたづら小僧日記』は、後年ユーモア小説の第一人者となる佐々木邦が、『明星』に連載した後、明治四十二年、内外出版協会から刊行した処女作である。当時佐々木は釜山居留民団商業学校で英語を教えていたが、この作には、原作題名 A Badboy's Diary, 無名氏作、佐々木邦訳と書かれていた。私がこの作にひっかかったのは、『日本国語大辞典』で「老嬢」の用例を見たら、「先生はなぜご結婚なさらないんです。みんなが老嬢だつていつてますよ」があがっていたからである。佐々木はそのすぐ後に『おてんば娘日記』を出し、岡山大学教授、慶応義塾大学予科教授を歴任した後、大正年間、『主婦之友』に、『珍太郎日記』などを連載して人気作家になった。大正十四年には『トム・ソウヤーの冒険』を日本初訳している。さて、『いたづら小僧日記』が本当に翻訳なのか、創作なのかということは、長い間疑問とされてきた。一九七四年に出た『佐々木邦全集』(講談社)の解説で尾崎秀樹は、翻訳の仮面をつけた創作ではないか、と書いている。だが七五年に新学社文庫として出された『いたずら小僧日記・おてんば娘日記』の解説で上笙一郎は、教会へ行ったり家で舞踏会を開いたりしているのは明治末期のこととしては考えにくいから、やはり原作があって、それをうまく翻案したのではないかと推測している。しかし翻訳のふりをした創作、つまりイザヤ・ベンダサン著、山本七平訳のようなものではないかという説が、一時期優勢だった。
この問題に決着をつけたのは、一九九一年に『同志社国文学』三五号に発表された堀部功夫の論文「『いたづら小僧日記』の原書」で、堀部はA Bad Boy's Diary という著者名なし、一八八○年ニューヨークで刊行された書物を入手し、これを大正四年に高踏書房から伊東六郎訳で『バッドボーイ日記』として刊行されたもの(やはり原著者名なし)と照らし合わせつつ、この洋書が原作であり、佐々木が舞台を日本に移しかえた自由な翻訳だったと決定したのである。明治期には、三遊亭園朝、菊池幽芳、尾崎紅葉その他多くの著作家によって用いられた手法である。昭和になっても、佐藤紅緑が昭和六年から七年にかけて『少年倶楽部』に連載した『少年連盟』はヴェルヌの『十五少年漂流記(二年間の休暇)』の翻案だが、その旨まったく記載されずに刊行されている(昭和八年、講談社)。
うーん、そうなのか。滝井孝作の下で創作を学び、『大同類聚方』の全訳精解で菊池寛賞を受賞した人だが・・・。
なおその『医心方』に、「三歳苦酒」を「三年酢」と訳してある。「苦酒」は確かに酢のことだが、「三年酢」というのは普通名詞ではなくて、内堀醸造が開発した「美濃三年酢」のことで、登録商標ではないかと思う。まあ、三年醸造した酢だといえばいえるが、それならそう書けばいいだけのことで、「三年酢」と、「三杯酢」とでも混同したのか、それともたまたま手元にあった「美濃三年酢」をみて、これが普通名詞だとでも思ったのか。
ところで最初のを書いた人は、××大学の某氏ではないかと思うのだが、どうせなら実名できっちり学問対決してほしいものだ。
国会図書館へ行って調べものをしてきた。待ち時間に、もちろん喫煙室で、武藤康史の『文学鶴亀』を読んで、しばしば興奮し、いくつも耳を折ってしまった。しかし、「70になるまで著書は出さない」という禁は遂に破られたようで、私はいま校正中の著書の記述を訂正しなければならない。
しかし何しろ15年以前に書かれた文章が多く、しばしば言及される私と同年の俵万智の話などが出てくると、懐旧の念に胸を締め付けられる思いがした。あの頃は武藤さんも30前後、私や俵万智は20代半ばだったのだ。
書誌の話、日本語の話、里見恕sの話など興趣は尽きないし、古びてもいない。二十年間の思索と探求が凝縮されているから、無駄な重複もない。
だが、これはもうずっと以前から気づいていたことだが、武藤氏と私とでは、関心の方向性は似ているが、好みは違う。私は和歌にはあまり興味がないし、吉田健一も興味がないし、田中康夫は嫌いである。小津安二郎にも、武藤がとりあげるような映画にも、興味がないし、平田オリザも評価していない。武藤がいつから慶応なのか知らないが、幼稚舎から慶応であるかのような感じすらして、貴族趣味である。
ちょっと変だと思ったのが、幸田弘子による樋口一葉「十三夜」の朗読を聴いたあとで原文を見て、お関がタバコを吸う場面があったので「ゲゲー、お関は煙草を吸うような女だったのか…同情心も半減する」とあり、しかし当時は女も煙草を(煙管で)吸う時代だったので云々とあって、もしや武藤さんは嫌煙家なのでは、と思いぎょっとした。だが、女が煙草を吸うのが嫌なのかもしれず、この初出は96年なので、そんな感懐も普通に書けたというだけかもしれない。何しろ、田中康夫を論じる段では「スチュワーデスって現代の娼婦でしょう」などと書いてあるのだ。いや、現代の娼婦はソープランド嬢である。
ところで、中に『言海』の話も出てくるのだが、武藤も、高田宏による大槻文彦の伝『言葉の海へ』に触れていない。私はこの大仏次郎賞受賞作を、新潮文庫で、カナダから一時帰国後、またカナダへ戻る機中で読んだのだが、これがちっとも面白くないし、だいいち伝記としては薄すぎるだろう。高田宏はやはり編集者であって、著作家として優れているとは言いがたい。大仏賞をとったのも、選考委員が高田に世話になったとか、そういう関係ではなかったかと思う。要するに大槻文彦のちゃんとした浩瀚な伝記というのは、未だに書かれていないのだ。
ところで国会図書館だが、マイクロ複写の受付が新館にあって、雑誌と新聞のカウンターが本館にあるのは困る。マイクロが多いのは雑誌や新聞なのだから、マイクロの受付も本館にしてほしい。あと『ヤングキング』とかいう最近のマンガ雑誌を見ているやつがいたが、ああいうのは出入り禁止にできないものか。
アマゾンのウィッシュリストから実名が分かるなんてことは二年くらい前から知っていた。ここにも書いたのに、なんで今ごろ騒ぐ? 伊丹十三のまねをして『愚民たちよ!』って本でも出そうか。
原武史が『週刊現代』の書評で、東京裁判を扱った本をとりあげて、いくら事実を克明に調べて知ってもそれで何かが分かったことにはならないなどと、学問を否定するようなことを書いている。中島『パール判事』を褒めたからごまかそうという気らしい。小林よしのりよ、次の標的は原武史だ!
金益見『ラブホテル進化論』(文春新書)購入。「現役女子大学院生による」とある帯に美人写真。久しぶりの女子院生による新書である。女子院生修論新書でいちばん当たったのは佐伯さんだろう。あとは戸矢理衣奈も渋谷知美もぼちぼち。ただこれらがみな東大院生だったのに対し、今度は神戸学院大学という変り種。最近、荻上チキとか若い学者モノは多いが女子は『合コンの社会学』の共著者北村文がいるくらいで、美人らしいがそれでは売らなかった。
しかし『ラブホテル進化論』の読みどころが、本文ではなくて前書きとあとがきであることは、まあ異論のないところでしょう。学生時分から井上章一さんに会いに行き、京都のホテルのロビーで待ち合わせ、「上に部屋を取ってあるから」なんて言われたらどうしようと不安を感じていたら(そんな危ないこと井上さんはしません)井上さんはロマンスグレーの優しい物腰のおじさん・・・って、最近会ってないが、ロマンスグレーになったのか。おじさんって書かれてショックだろうなあ。
それで井上さんから『愛の空間』の資料を、もう要らないから、と貸して貰って、書き上げた卒論は周囲では超人気で「見せてくれ!」という人が続出、教授からも絶賛されて、大学院に進むことになり(神戸学院ならでは)、井上さんにお礼の手紙を添えて卒論を送り、井上さんが読んだら絶賛されて、国際日本文化研究センターの職員(?)に推薦されちゃうかもしれない、などと考えていたら、研究会(多分性欲研究会)の呑み会で会った井上さんは、「君の卒論、私の書いたものをまとめただけでつまらなかったけど、大学院に進めてよかったね」でガーン。言う時は言う井上さんである。
その後、担当教授の自宅に呼ばれて「博士課程へ来ませんか」と言われる。ああ、これが水月昭道くんが書いていた、三流私大の無責任なあれか・・・。まあ美人だからアレだろうけど。
そしてもちろん、中味はインタビューやらアンケートやらの成果で、ルポでしかなく、まあ・・・。いやあ、三流大学の院生は天真爛漫。美人なればこそ、ってところか。
ところでその神戸学院大学は、歴史ある名門神戸女学院大学とは関係ない。そして『愛と性の尊厳』という昨年出た本の共著者で「愛しているから、結婚までセックスはしない」を書いた石崎淳一という人がここの准教授なのだが、その本の新聞広告に「石崎淳一(心理学准教授)」とあって、「心理学者」とか「××大学准教授」なら分かるが、「心理学准教授」って何だ、と思ったものである。謎の神戸学院大学である。しかし、イクキョンがこれからどうなるか分からないが、「美人」が「ラブホテル」について書いたから本になったのであって、神戸学院大学の院なんか行っても未来はないので、みなさん勘違いしないように。
『文學界』を立ち見してきた。古井由吉、高橋源一郎、車谷長吉、中原昌也など十数人の作家の座談会。なかで山崎ナオコーラが、毎日新聞の川村湊の文藝時評を読んで怒っていて、「もてない男って女性を」云々と言っているのでぎょっとする。川村湊はもてない男だったのか。断っておくが、私は山崎についてはブログを含めて何も言ったことはない。読んだことがないからである。実はこの間に私に関する言及があったのを削除したのではないか、ナオコーラの悪口をどこかに書いたのではないか、などと邪推する人がいるといけないので書いておく。古井が山崎に、それは言わないほうがいい、とたしなめて止まっているのだが、止まったから逆に疑念を呼び起こして、実は山崎は自作評ではなくて何か私に含むところがあってそう言ったのではないかという勘ぐりも可能なので、言いたいことがあるなら言ってほしいし、私とは全然関係ないならそう言ってほしい、と思った。
それにしても、作家と批評家が対立関係にあるみたいな言い方はおかしいのであって、作家だって時評で悪く書くことはあるし、作家から言われるならいいが批評家から言われるのは嫌だ、というのは、実はちょっと理解するのだが、昭和初年は作家でもけっこう厳しい時評をしたものである。私はごく単純に、文芸雑誌の編集部が、厳しいことを言う批評家、たとえば糸圭秀実、渡部直己に始まって、斎藤美奈子とかを排除しつつあるのではないかという疑念すら抱くのである。『文學界』の相馬悠々は、編集長が代わってからえらくマイルドになったし。斎藤さん、『週刊朝日』の桜庭一樹評、ナイスでした。
あと『群像』では瀬戸内寂聴と山田詠美と高橋の鼎談があって、山田が、最近の喫煙者迫害はひどい、と怒っていたが、それを別にしても、世間の人は山田詠美を誤解しているのではないかと思う。今回の芥川賞の選評でも、西村賢太に触れたのは二人だけで、半分近くを使って西村を論じ、ずっと読んでいると表明したのは山田である。しかし注意深くない人は、山田が西村の小説を読んだら、こんなクズ男が、というようなことを言うとでも思っているのではないかという気がする。
ところで、どちらにおいても高橋源一郎がいて、何だか次第に権力者と化しつつあるような気がするのだが。

 

[ 734] Amazon.co.jp: ダウン症の子をもって: 正村 公宏: 本
[引用サイト]  http://www.amazon.co.jp/%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E7%97%87%E3%81%AE%E5%AD%90%E3%82%92%E3%82%82%E3%81%A3%E3%81%A6-%E6%AD%A3%E6%9D%91-%E5%85%AC%E5%AE%8F/dp/4103464011

IQからいえば知能が低く、虚弱でもあるけれど、性格は愛情豊かで心和まされずにはいられない…染色体の突然変異によるダウン症、もしわが子がこの障害をもって生まれたら―本書は、父親である著者が、ダウン症の次男との20年を、夫婦でつけ続けた成長の記録を頼りに、穏やかで冷静な筆致でまとめあげた手記である。人の持ちうる深い人間性を、胸に問う、感動のロングセラー。
この本の時代背景は昭和40年から50年にかけてであり、今の障害児教育とはだいぶ異なり、著者夫婦の手探りの苦労がしのばれる作品である。 だが、この本の訴えているテーマ、障害児の親としての苦しみは、今も変わりはないと思う。 福祉にたずさわる人にこそ、ぜひ読んでほしい作品である。
障害を抱える子どもをもつ学者が、我が子の養育記を書いたものです。学者の目で、子どもを観察しながら、しかしきちんと、家族と向き会う姿勢が貫かれています。悲観せず、絶望せず、ちょっとした子どもの成長に感動したりする姿や、子ども本人の気持ちを考えて接する母親の姿を通して、家族愛の真の姿を見ることができます。本書では語り尽くせない数々の苦労や、それらを手探りで解決してきた背景が、行間から強く感じられます。それゆえに地に足のついたしっかりしたメッセージが、散りばめられています。本書を読んで、多くの人が「障害者に対して相手の気持ちを考えながら手を貸すという態度が自然にとれるように」なれることを祈ります。
ダウン症という(染色体の)異常を持った子を持つと、どうなるのか。経済学の教授でもある正村さんは、ダウン症の息子を持っていたことをこの本で明かしたわけであるが、まず何よりも、夫婦で約20年間子供の成長を記録し続けたことが凄いと思う。 しかも、ダウン症の子供の場合、(稀に)早死にしてしまう例もあったりするなどの、特有の不安もある。それであっても、粘り強く子育てをして、このような本に纏めたのは本当に大変な事だと思う。 この本は、ダウン症を持った子供の成長過程が解るのもさることながら、貴重な子育て記録とも言えるのではないだろうか。
身の回りに障害を持った人がいるだろうか。多くの人にとって、障害者は身近に感じないのではないだろうか。それは、これまでは障害者を「収容」してきたことで、片一方は健...
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